生きてさえいりゃそれでいい!

  • 2017.09.16 Saturday
  • 12:04

JUGEMテーマ:どんなに絶望しても生きてさえいりゃ…

 やり切れない悲しみや空しさ,そして失意に絶望と,この世で生を紡いでいれば誰しも必ず経験する。一見,何も考えていないように見えるちゃらい人間でも,実は心の奥底にそういった厭世観みたいな感情を抱いているのではなかろうか。そういった重い荷物を抱えて生きて行くのがこの世で生きる意味なのだろう。まさに,かの偉人徳川家康が言ったという「人の一生は,重き荷を背負うて,遠き道を行くがごとし。」そのものだろう。だから,その苦しき道のりの間に,小さな幸せを見出すことが,実は人生における「大きな幸せ」を感じることに繋がるのではなかろうか。そう思えて仕方がない。

 今週も,自分自身の生活でいろいろあった。小さな悲しみ,苦しみ,喜び,幸せ,己自身の様々な葛藤。そして,相変わらず,毎週TUTAYAでレンタルして来た2本のDVDを鑑賞して,今日返却するという繰り返しの楽しみ。今,観終わったのが,「起終点駅ターミナル」。大好きな俳優佐藤浩市が主演を務めた人生ドラマだ。もう一本は,先日,観終わってこれまた感動した,東野圭吾原作の「天空の蜂」。ちょっと意外だったが,本木雅弘の迫真の演技は鬼気迫るものがあった。どちらにしても,今まで見て来た素晴らしい映画に共通しているものは,やはり,観る者の心まで鷲掴みにしてその後のその人の人生にまで影響を少なからず与えてしまうということだろう。今回も,例外ではない,明日からの自分の考え方を見直したり,確信したりするきっかけになった。前者では,佐藤浩市が離婚を契機に生じた息子との心の隙間で葛藤する父親を熱演し,同様に息子を持つ父親として心から共感すると同時に溢れ出る熱いものを押さえ切れなかった。その中で,国選弁護を通じて知り合った少女との心と心のふれあいから彼の中にも変化が生じ,その苦しみの果てからは「生きてさえいればそれでいい。」という意味深い言葉がにじみ出る。この言葉,この映画を観てもらえば分かってもらえると思うが,自分はこう思う。「生きてさえいれば,その先には,今は苦しくとも,きっとささやかでも希望の光が差して来るはずだ。」って,彼は言いたかったのではないだろうかと。その言葉のとおり,少女は新たな一歩を踏み出す訳だが,これを観た自分も,「そうだよな,一度きりのこの世の人生,思ったとおり生きるべきだよな。」って,またも確信した。「天空の蜂」も,さすがに東野圭吾さんの原作ものだと感心した。日常に起きている出来事で,当たり前と思っていることに視点を向け,実はそれが誰かの犠牲や巨大な政略矛盾の上に成り立っていることを問題視した。映画の中で,巨大な原発を破壊すると脅迫する本木演ずる主犯に対して,「お前完全に狂ってるよ。」って怒号する周囲の人間に,彼が心の中でこう叫ぶ。「本当に狂っているのはどっちなのかいづれ判るさ。」って。これも,世間というのは,「臭い物には蓋をする。」方式の習性が蔓延していることへの一種の警鐘だろうと感じた次第だ。そしたら,大好きなバンド,ブルーハーツの歌詞にある「誰かが使いこなす本音という建前」が,何故か皮肉にも自分の頭の中を通過した。

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