自殺願望〜その生と死への迷い〜

  • 2017.11.12 Sunday
  • 12:02

JUGEMテーマ:今注目を浴びるSNSでの自殺願望

 SNSを利用した稀に見る凶悪犯罪として,自殺願望者の女性を含む9人を殺害,その遺体をのこぎりなどで切り刻むという常人には考えられない事件が,ここ連日報道対象となる中,10代や20代といった若者の自殺願望をほのめかすSNSでの書き込みが注目を浴びている。50代となったおじさんである自分には,そのSNS自体の仕組みすらよく分かってはいないのだが,本日,朝テレビで特集していた番組を観て,それなりに何故そのような書き込みをするのかが多少なりとも理解はできた。番組内では,若い女性が多く書き込みをしているとは言っているが,そうかと言って女性達が多く自殺志願者であるとも限らないとは自分は思っている。ただ,「自殺」という常識では何とも暗く重い響きの言葉を,現実社会で常には冗談言いながらある種の作り笑顔で会話を交わしている身近な友人(本当の意味での友か否かは知れないが)などに投げかけるのは,書き込みをしようとして心身共に弱気になっている人にとっては非常に勇気のいることであるどころか,それを期待する方が間違いだろう。自分はそう確信する。ゆえに,仮想現実にも近いネット社会で,顔の見えない相手の人に自分の本音を吐露して共感を得たいと考えるのは,ある種ごく自然なことであると考える。他方,「自殺などとんでもない。」との固定観念に縛られている人間,というか,「"きもい”と避けて通る。」人間からすれば,その人間は拒絶すべき対象となり,今まで仲良し仲間であったグループからは排除されることになる。これが,「常識」という訳の判らない現実社会の惨いところだ。そして,その排除された人間は,新たな仲間を求めて彷徨う羽目になるのだが,「排除された。」という深い痛手を被った傷だらけの人間にとって,「新たな仲間」を探し当てる気力などあろうはずもないではないか。そうなれば,人間とは,読んで字のごとく,「人」の「間」で生きて行く者であるから,「仲間」という「間」を失った者にとっては,この現実社会においてどうやって「生きる術」を身に付ければ良いというのか,自分自身も教えて欲しいくらいだ。だから,結果として,顔が見えなくても自分の本音の悩みを受け入れて,共感の言葉を発してくれるネットの社会に救いを求めてしまうのも無理はないだろう。誰がこのことを責められるだろうか。責める人間がいるとしたら,自分で決めるべき解決方法までは当然無理にしても,「あなたは,悩める魂の本音に寄り添って,その人同様に苦しみを共有してあげるなり,そこまでいかなくても,せめて,今苦しいよね,でもね生きてさえいれば必ず…」などと言って,その人の置かれた立場や魂の叫びに,誠実に向き合えることが果たしてあなたにはできる覚悟がありますかと,強く反問したい。たぶん,責める人こそ,そんな勇気はないでしょう。これは,こんないいオヤジになっても,ちょっとしたことで,悩んでは「死んだ方がましだ。」って思い,また,良いことがあっては,やる気を取り戻すという,まるで毎日が瑣末なことで左右される弥次郎兵衛のような生き方をしている自分には,何か共感できるところがある。確かに,人間には,この世に生きる意味なしと思った時には死を選択できるという自死決定権が認められてはいる。しかし,知ってのとおり,生きてさえいれば,落ち込んだ時にも,また良いことがあったりすれば,やる気が復活して本当の笑顔に戻り,色々な未だ見ぬ人々との出逢いや感動が待っているかも知れないのも事実だが,一度,自ら死を選んでしまってはもうこの世に戻って来れずにその選択肢は残ってはいないのだ。そうは言っても今が苦しい,そう思うのも間違いない。この苦しみから一刻も早く解放されたい。それは,そう思うのも当たり前だろう。でも,このブログを一読でもしてくれている人に私は言いたい。私自身,小学校,中学校と,それはもう登校拒否したいほどの同級生や先生までものイジメの対象となり,今思えば,ある書物やある人物との運命的な出逢いによって何とかその期間を乗り越えられた結果,高校時代には良き友人にも恵まれ,その後は素晴らしき大学時代も過ごすことができた。一歩,運命の歯車が狂っていたら今どうなっていたかと考えると背筋が寒くなるくらいだ。よく「時間が解決する。」とは言ったものだが,難しいことだろうが,焦らずに安直な方法ではなく,でもゆっくりでいいから着実確実自発的に,自分と向き合いながら亀のごとく進んで欲しい。そして,その先には,きっと,何か一筋の光が見えて来るそう信じている。そもそも,この世は,八苦の娑婆なのだ。苦しいことが当たり前なのだ。その苦しき中に,ほんの少しの喜びを見出したら,その喜びは自分にとって掛け替えのない宝物になるはずです。そう言う自分も,上に書いたとおり,今も毎日のように気持ちの揺らぎの中で生きています。ただ,亀の甲より年の功で,いくらか忍耐強くなったに過ぎません。そうかと言って,死ぬほど苦しんでいる人の傍らに寄り添うほどの勇気はありません。でも,亡き父の遺志を受け継いで,悩める人の一助になればと,ボランティアでバンド活動を続けています。自分達の音楽を聴いて,「また,明日も頑張ろう。」って気になってくれる人が一人ずつでも増えてくれればという気持ちを込めて。

 

今後のブログには,自分のイジメに始まった半生を綴っていき,時代は違っても同じような境遇に悩んでいる人達の一つの参考にでもなればと願います。

PR

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM