人間,生きてさえいれば何とかなるよね。

  • 2019.01.10 Thursday
  • 22:22

JUGEMテーマ:今が苦しくても,決して自ら死を選ぶことなどしないで欲しい。

 自分の今までの半生を振り返って見ると,こんなちっぽけな自分ですら,色々なことがあったものだと,様々な人間模様が走馬灯のように頭を過って,ある意味で「過ぎたことだな。」と,少しばかりの湿っぽい感慨を持って,回顧の気持ちが左右の胸を行ったり来たり往復する。小学校から中学校までは,言葉によるいじめを受け続けたせいか,これと言って家族や親戚との関係以外では,本当にあまりいい思い出は浮かんでこないし,むしろそのことがトラウマとなって,血が躍動するはずの楽しきその後の青春時代に,少し暗い影を引きずらせたのも事実である。ただ,何と言っても,運良く受かった高校生活が,今の自分へと大きく船舵を取る転換点となった。ここから先が,本当の意味での「自分」を取り戻した,いわば青春の幕開けの時代だからね。例えば,友人から勧められたLPレコードを初めて聴いたのが,洋楽との最初の出逢いだし,そのLPレコードこそが,今に至るまで,自分の洋楽への興味付けや音楽活動の源泉ともなっている,Led Zeppelinのセカンドアルバムだ。この出逢いが,自分を今の今に至るまで,バンドに拘り続けさせている,起因のひとつであるのは間違いない。自分が,中学時代まで,歌謡曲しか聴いたことがなかったことを知った,その友人は,このレコードを自分に手渡す際に,「必ず,3回は聴けよ。」って言っていたし,「何故そんなことを言うのだろう。」って自分は思ったものだ。それは,その日に,自宅に帰って,早速ステレオのレコード針を,回転盤に落とした瞬間に,その意味が分かった。そこから聴こえて来たのは,今までに聴いたことがない程のエレキギターの爆音であり,フレーズだ。「ダ〜ダダ,ダ〜ダダ,ダ,ダダ〜ダダ…」って,音を聴いた瞬間に,思わず両手で耳を塞いでいた。それでも,耳に雪崩れ込む爆音。最初は,1曲目を聴いて「もう,ダメだ。」って思って針を上げたが,「3回聴け」を思い出し,もう一度,針を落としてみたら,これが摩訶不思議。「うん」という感じで,体が反応し始めた。そして,3回目には,もう虜になっている自分に気が付いた。その最初に出逢って恋した曲こそ,彼らの代表曲のひとつである「Wanna whole lotta love(胸いっぱいの愛を)」だ。そんな感じで,洋楽にのめり込んだ自分は,ドラマーのジョンボーナムに憧れて,大学時代になって買ってもらったドラムセットで,我流のドラムを叩いて練習した。そして,社会人になってから間もなく,自分が中心になって組んだ最初のバンドでは,当時気が変になったかのごとく,仕事をそっちのけにしてというくらいに,皆で夢中になってあちこちで活動したことも目に浮かぶ。だから,今になっても同じだが,本当にやりたいことと,現実に就いた仕事とは,生き甲斐ややり甲斐という点で,随分乖離しているのは,正直言って間違いない。現実には,やはり生活の糧を稼ぐためという,必要性が出て来るためなので,これはどうしてもやむを得ないことだとの,自分に言い聞かせたような諦めもある。しかし,もしその仕事が,いわゆる,ブラック企業のごとき会社であったらどうだろう,果たして自分は持続できるだろうかと思ってしまう。たぶん,相当好きであっても無理だろう。

 こんなことを書くのも,「ちょっと今から仕事やめてくる」って映画を観て,これまた考えさせられたことがあるからだ。もう少しで定年を迎え,いわば,第二の人生をどうしようかと,本気で考え始めていたこともある。残りの人生がどれくらいあるのか分からないけ訳で,還暦になって以降は,率直に言って,この世で生まれ変わりができるとしたら,今までとは全く違った自分を演じてみたい,そんな気持ちが強く残るからだ。ただ,それには反面で,公務員という安定職を捨てたら,どうなるか知れないリスクが伴い,要は,そのリスクと安定とを如何に天秤にかけるかに,落ち着いてしまうことにはなる。その結果,万が一,転職先が理想と違ったブラック企業であったなら,まさに,「理想と現実は違うよ。」ってことになり,自分も含めて家族自体が崩壊の危機にさらされるかも知れない。幸いなことに,自分は,このまま行けば,定年時にそれ相応の退職金というボーナスでもって,年金支給時までは,アルバイトでも食いつなげる可能性は十分にある。だから,この映画で描かれた青年のごとく,ブラック企業で働いて,あやうく自死を選ぶ,ということにまでならないかも知れないが,自分より若い人達は,今現在でも,この青年のように働き過ぎて精根尽き果て,理性すらも働かなくなっている青年達がいるに違いない。事実,過労死などという言葉を耳にすると,そんな思いを強く感じる。だからといって,決して自死選択権を行使する,なんてことは絶対にしないで欲しい。だって,自分のような還暦間近な老兵と違って,働き盛りの若者には,職業の自由選択権という,確かにどうなるか分からないけれども,希望の光に満ち溢れた手段が残されているのだから。何も,死ぬ程辛い仕事を無理して続ける必要がどこにあろうか。死を選ぶくらいなら,やはり,「これだ」という仕事をとことん探し出すか,他人に使われるのが嫌だと言うなら,必死になって起業すればいいのではないか。とにかく,死ぬくらい苦しいのなら,そこを抜け出し,たった一度しかない一生を,捧げる場所はいくらでもあるのではないのか。自分は,愛機としてMacを使い続けているが,それは,デザインから使いやすさまでの,全てが整っているからなのはもちろんだが,創始者であるスティーブ・ジョブズを敬愛して止まないからでもある。そのスティーブが,スタンフォード大学で行なった,かの有名な伝説のスピーチの中でも,こんな趣旨のことを言っている。「信念を持ち続け,自分が本当に愛する仕事を見つけること。今ないならば,どこまでも探し続け,決して留まってはいけない。それが,心の問題と同じで,自分の成長の源泉だ。」と。何とも,力強い言葉であり,この信念が,ガレージから始めたApple社を,あそこまでの世界的大企業に育てる原動力だったのだな,というのがよく分かった。この偉大な人物が言うように,本当は自分もとことん愛すべき仕事を突き詰めるべきだったのかも知れないが,今となっては「妥協」という言葉で,自分を慰めている今日だ。喩えたとおりに,今を生きる若き青年には,好きでもないなら,死ぬ程辛いことから手を引いて,本当に自分が愛する職業をとことん探して欲しい。そして,そこで,その選択した我道でもって,生き生きと笑顔でもって働いて欲しい。それが,自分があの時に,岐路に立ったあの時に,例えリスクがあったとしても,何よりも大好きなドラムを叩き続ける,音楽活動の道を選んでいたら,今頃どうなっていただろう,という漠然ではあるがもう取り戻しの利かない,自省と後悔の念も兼ねた気持ちからする,たっての願いだ。とにかく,自分がこの世で生きられるのは,たった一度きりなのだから。

 

 

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